意外と知らない「時効」の話~札幌殺人事件 遺族が「時効中断」求め提訴〜

札幌市西区で1990年12月に殺害された生井宙恵(みちえ)さん(当時24歳)の遺族が7日、殺人容疑で指名手配された男(48)に対し、損害賠償請求権の確認を求めて札幌地裁に提訴しました。

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札幌殺人事件 遺族が「時効中断」求め提訴

札幌市西区で1990年12月に殺害された生井宙恵(みちえ)さん(当時24歳)の遺族が7日、殺人容疑で指名手配された男(48)に対し、損害賠償請求権の確認を求めて札幌地裁に提訴しました。

宙恵さんの母澄子さん(80)は2007年、男を相手取り損害賠償請求訴訟を起こし、約7500万円の損害賠償命令が2008年に確定しました。しかし男は行方不明で、賠償の支払いもないまま2018年4月で民法上の時効(消滅時効)を迎えてしまうことから、改めて訴訟により消滅時効の中断を求めました。

今回の請求額は、訴訟費用の負担が重いために、確定判決の約7500万円の半額ほどにせざるを得なかったとのことです。

一方でこの事件は2005年12月に刑事上の公訴時効が成立してしまっているため、犯人に刑事上の責任を問うことは出来なくなっています。

澄子さんは、「賠償金の一部のみの請求となり、本当に悔しい限り。刑事で時効となってしまったため、私が損害賠償請求して一矢を報いるしかない」とコメントを出したとのことです。

意外と知らない「時効」の話~刑事上の時効と民事上の時効

今回の事件の核となる「時効」について、皆さんはどれほどご存知でしょうか?今日は、意外と知られていない「時効」についてのお話をします。

まず、前提として、民事上の時効と刑事上の時効は違うものです。ネットを見ると、両者を混同しているかのような情報が多く見られましたので、ここは気を付けてください。今回ダイレクトで問題となっているのは民事上の時効なので、まずはそちらから解説します。

民事上の時効には、大きく分けて二つあります。「取得時効」と「消滅時効」です。「取得時効」は、期間の継続により権利を「得る」という時効であるのに対し、「消滅時効」は、期間の継続により権利を「失う」という意味での時効です。

わかりやすくするために、例を挙げます。取得時効の例としては、先祖伝来の土地であると思い込んで住んでいた土地が実は他人所有の土地だった、という場合に、長年にわたって住んでいる場合はその土地を「得る」ことができる、というものです。一方で「消滅時効」の例としては、借金をしたが貸主の催促がないまま長年経過した、という場合にその借金を消滅させる、というものがあります。

今回の事件で問題となっているのは、権利を「失う」という「消滅時効」の方です。民法上の権利は、所有権を除き、あらゆる権利が消滅時効にかかります。当然、犯人に対する損害賠償請求権も消滅時効にかかってしまうのです。

じゃあ、時効にかかる不安を抱えながらひたすら待つしかないのか…という疑問もあるとは思いますが、そんなことはありません。「時効の中断」という制度があります。

「時効の中断」とは、それまで進行してきた時効期間の効力を失わせるものです。簡単に言えば、時効のメーターを「ゼロ」に戻すものです。メーターをゼロに戻す方法はいくつかありますが、代表的なものは、訴えを提起することです(民法147条)。今回の事件でも、犯人に対し訴えを提起すれば時効のメーターは「ゼロ」に戻ることになります。

ちなみに、不法行為に対する損害賠償請求権は、被害者又は法定代理人が犯人及び加害者を知った時から3年、不法行為時から20年で消滅します(民法724条)。もっとも、今回は確定判決により確定した権利なので、消滅時効は10年です(174条の2第1項)。今回の損害賠償請求権は2008年に判決で確定したものなので、2018年に消滅時効を迎えることになりますからそれを防ぐために、遺族の方は訴訟提起に踏み切ったわけです。

では、そもそもなぜ民法上、「時効」なんていう制度があるのでしょうか?疑問に思った方もいることでしょう。

これは、永続した事実状態には多くの法律関係が積み重なることから、それを法律上の権利関係に高め、保護するためのものという説明がなされます。また、長年権利行使をサボっている人には法は助力を与えない、という説明もあります。もちろん、訴えを提起するなどして頑張っている人は到底サボっているとは言えませんので、そういう場合は時効は完成しないのです(これが先述した「時効の中断」という制度がある理由です)。また、100年前の権利について証明する、となっても、証拠などは残っておらず、証明が不可能な場合がほとんどなので、それを防止する意味もあります。

民事上の時効についてはこれで説明は終わりです。では、次に、刑事上の時効とは何でしょうか?

刑事事件で問題となりやすいのは、「公訴時効」と呼ばれるものです。ニュースなどで聞く「時効」は、たいてい「公訴時効」のことをいいます。これは、犯人が捕まらないなどの理由で判決が確定せず一定期間が経過すると、事件に対する公訴権が消滅するとの制度です。公訴時効が完成してしまえば、後から犯人が捕まって公訴が提起されても、「免訴」となってしまいます。したがって、犯人を罪に問うことは出来ません。

この制度の趣旨としては、様々な説明がなされますが、犯罪に対する社会の規範感情が時間の経過とともに緩和され処罰要求がなくなる、などと説明されます。

しかし、殺人や強盗殺人などの重大事件では、時間が経ったからといって社会の処罰感情が薄れるとは必ずしも言えません。そういう点で、この制度は激しい批判にさらされました。

これを受けて、2010年の4月27日に、「人を死亡させた罪」であって法定刑の上限が「死刑に当たるもの」については公訴時効が廃止されました。したがって、殺人や強盗殺人などの事件については、今後、公訴時効が成立しないことになりました(刑事訴訟法250条1項柱書)。

もっとも、2010年4月27日の時点で公訴時効が完成してしまっているものについては、残念ながら適用の対象外です。

札幌殺人事件も、2005年の段階で既に公訴時効を迎えてしまっている以上、もはや時効の廃止の適用がなく、公訴権は消滅したまま、ということになっているのです。

しかし、先述の通り、今回の事件の民事上の損害賠償請求権はまだ残っています。遺族の方の権利が一日でも早く実現されることを願うばかりです。

この記事の作成者

カケコム編集部